零戦製作記 -10

暑かったり雨降ったりでじめじめの毎日です

さて遅くなりましたが零戦21型(中島製) 1-102 号機の完成写真をお見せいたします。

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                       零戦製作 二機目です

前回よりは格段に進歩はしていますがやはり色々気になります。
まず塗装ですが日の丸や部隊記号などは全てデカール頼みでした。出来上がってみるとデカールの部分が浮いているようでシックリ来ません。やはり小まめに塗装をしていかないとだめかもしれません。

ニコニコ模型の師匠から指摘されましたが細かいところや境目の塗装のはみ出しやでこぼこな点などが気になります。もちろん後から直しましたが・・・・
エンジン周りの加工も使った線が0.3mmのため少し太くてガタガタになってしまいました。

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                         コクピットとフラップを降ろしているところ

フラップの塗装も少しムラになっています。それにしてもタミヤ模型のリベットの表現はきれいですね

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                       エンジンカウルを外して翼端をたたんだところ

21型は空母搭載用に翼端をたたむ事ができるのでこのような形になります。模型では翼端をたたんだ姿と飛行用に伸ばした姿を部品の差し替えで表現します。地上でも零戦を整備するときは翼をたたんでいたようです。
それにしても苦労して作った撃墜マークも並び方が少し不自然のような気がする・・・

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                        エンジンあたりのアップ

昭和18年12月9日 早朝、ラバウル基地で99式3番3号爆弾を懸架して発進を待つというシーンです。
3号爆弾は今のクラスター爆弾のようなもので、敵航空機の上空で破裂させ、火の粉を降らして撃墜するというものです。
岩本飛曹長もこのとき初めて使用して、小隊4機で30機近くの爆撃機を共同撃墜しています。

しかし岩本氏だからできた芸当で、ラバウルのほかの隊では上手く行かず、201空に搭乗員ごと来て指導してくれと打診があったようですが201空柴田司令はそんな暇はないと一喝したそうです。

翌々日この1-102号機はエンジン不良から、敵戦闘機に撃たれて命からがら帰還しますが飛行機は廃棄になりました。岩本飛曹長は無傷でしたが敵の弾丸がシートベルトの金具にあたって止まっていたそうです

もともと岩本飛曹長がラバウルに来た昭和18年11月にあてがわれた零戦は、ボロの21型と言う事でしたから、このようにしっかりと迷彩塗装をされていたのかが不明です。
どなたかご存知の方がありましたらお教えください。
そんな訳でウエザリングも実機の資料を見ながら今後おこなって行きたいと思います。

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