新撰組の会津

昨日は前橋カルチャーの参加者と共に会津を旅してきました。

天気は曇りがちで、雷雨もありましたが会津の夏と言うようなジメジメした暑さです

今回は会津に於ける新撰組の足跡を尋ねました。

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                           会津郊外にある如来堂

土方歳三が母成峠で戦ったことは有名ですがその後会津を見捨てる土方と袂を分かち10数名の新撰組の同士と共に会津に残り戦った斎藤一がこの地で西軍と交戦。13名の戦死者を出して部隊が壊滅した場所です。
傍らの大銀杏がその戦いを見ていたのでしょうか?

会津市内の七日町を散策後天寧寺で斉藤一の墓参りをしました。この寺は会津の戦いのあと埋葬を許されなかった会津武士を葬った寺だそうです。
この寺だけでも1500体の遺骸を埋葬したのだそうですが、武士として戦った同胞の埋葬も許さず、放置させた西軍に対する会津人の恨みの深さが想像されます。

昼食にシラスめっぱを食べた後に鶴ヶ城の城内の見学に向かいました。新しく赤瓦を乗せた美しい天守の内部はよく作られた資料館になっていて、侍姿の人達が説明してくれたり、八重の真似をして銃を撃てるコーナーもあり充実しています。

飯盛山のさざえ堂にも行きました。

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                         さざえ堂の入り口にある透かし彫り

さざえ堂のあたりは戦いに敗れた白虎隊の若者たちが逃げてきた水路の近くにあります。この前を通って飯盛山の運命の場所へと向かったのでしょうか?

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                         さざえ堂脇に咲く山百合

飯盛山の自刃した場所から鶴ヶ城を望みましたがさて何処にあるやら?近くで掃除をしていた男性に聞いてやっと判りましたが運命的な眺めでした。

さてこの旅の締めくくりは近藤勇の墓のある天寧寺を訪れて墓参りをしてきました。

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                           アジサイの咲く近藤の墓

天寧寺の本堂をお参りしてから裏の急な山道を登ること暫し・・・やっとたどり着いた近藤勇の墓はアジサイと山百合に囲まれていました

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                         近藤の辞世の句を刻んだ石碑

辞世の句と言っても漢詩でしたがいかにも剣に生きた剛直の男が詠んだ詩でした。

近藤や新撰組の隊士、それに白虎隊の若者たちの死に様を見て、可愛そうだと思いがちですが武士の対面と生き方を貫いて死ぬことが彼らの幸福だったのでしょう。

墓の中の彼らは未だに多くの人がこうして墓参してくれることを喜んでいるに違いないのだと感じました。それだけの生き方と死に方をしたのですから・・・

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